俺レポート〜ゆとり大学生の主張〜

管理人が気になったことをひたすら文章で綴る不定期更新ブログ。

【主張】かつて中二病だったあなたと,現在中二病な君へ

中二病取扱説明書コミック
俺はかつて中二病だった。
割と痛々しい方の部類だったと思う。
そんな俺が中二病について考えたことをまとめてみた。

競争することに疑問を持たなかったあの頃

小学生の頃,どういう奴がモテていたか覚えているか?
俺の記憶では,足の速い奴が一番モテていた
逆に,勉強しか出来ない奴はガリ勉だって言われて全然モテなかったな。
俺は断然,ガリ勉の方の人間だったんだけど。

この足の速さってのは,一番順位を付けやすいものだと思うんだ。
位置についてよーいどん! で,二人並んで走れば,当然どっちの足が速いかなんて,すぐに分かる。
小学生の頃,俺たちは競争するということに対して疑問なんて持たなかったし,一番の奴を賞賛することにも大して疑問を持っていなかった。
つまり,あの頃の俺たちは何かで一番になった奴が一番強い
そのランク付けが目に見えやすいものであればあるほど強い,っていうかなり単純な図式を持っていた。
そう考えれば,勉強が出来る奴が小学生の頃大して評価されなかった理由がなんとなく分かる。
よっぽどの天才でもない限り,小学生の頃の頭の良さっていうのは目に見える形で現れづらい。

誰でも自分が特別—オンリーワン—だと信じたい

しかし,中学に入ると,成績も順位として出てくる。
つまり,競争する項目が小学生の頃より増えることになる。
そして,小学生と違って制服を身にまとったり学則の導入によって,外見で個性を発揮する場が少なくなる。
それに加えて人数が増えたことによって,今まで学級委員長とかをやって,バンバンに目立っていた奴が,途端に目立たなくなったり,
科目が増えることによって,小学生の頃成績が良かった奴も普通な身の成績になったりしていった。
つまり,色々なところで没個性化が進んでいったわけだ。

俺が中学生の頃,ちょうどスマップの「世界に一つだけの花」が流行った。

小さい花や大きな花
一つとして同じものはないから
No.1にならなくてもいい
もともと特別な Only one

そんなもんで,俺が中学生の頃には,これは教師に対する反発の文句として使われたりもした。
「どんどん成績が下がってるじゃないか! もっとちゃんと勉強しろ!」
「うるさい,俺はナンバーワンじゃなくてオンリーワンを目指すんだよ!」
ってな具合に。
今考えたらすごく馬鹿馬鹿しいんだけどね。
小学生の頃から競争することに馴れてしまった俺たちは,どこかで他人に勝ちたいっていう気持ちがあったんだと思う。
だけど,普通にやっていたんじゃ勝てないことが多くなってしまった。
そこで自分には何か特別な「なにか」があるって信じ込むことにした訳だ。
いわゆる現実逃避だ。

中二病は自分探しの途中

中二病っていうと,特定の奴しかならないような印象を受ける気がするけど,別にそんなことはない。
「リアル中二だけど中二じゃねーぜww」ってやたらアピールするタイプも一種の中二病だと思うし。
自分の中の「なにか」を具現化しようとする過程で,中二病になる。
つまり,中二病っていうのは自分探しの途中の状態を指すんだと思う。
だけど,世間が見えていない中で自分探しを始めるのでおかしなことになる。
そして根底に他人より強い(すごい)自分っていうのがあるので,そういった部分ばかりを探すことになる。
だから,「洋楽にはまった俺は,他人とは違う価値観の持ち主」とか「ブラックコーヒーにはまった俺……(以下略)」とか,後から考えると笑い話のようなことを口走ったりする。

だけど,中二病から抜け出した俺たちが自分を見つけられたかって聞かれたら,正直なところかなり疑問だ。
俺は自分探しを終えたんじゃなくて,途中で諦めてしまっただけなんじゃないか,とさえ感じることもある。
だから,見てて痛々しいけど,心のどこかで中二病の奴らが羨ましかったりもするんだよ。

Ads by Google