俺レポート〜ゆとり大学生の主張〜

管理人が気になったことをひたすら文章で綴る不定期更新ブログ。

【主張】もう一度「田舎」の意味を考える時が来たのかもしれない

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8月の終わりに夏休みのニュースを振り返ってみたの記事で山口の5人殺害事件について触れて思い出したんだけど,俺はずっと田舎について書きたいと思っていたんだった。
何を隠そう,俺も田舎の出身だ。
しかし,地理的には東京から大して離れていない。
ただ,県の中心部に行くにも山を越えていかなければならないし,山の向こうとこっち側では雰囲気ががらっと違っていた。

優越感と劣等感のはざまで

俺の田舎はいわゆるDQN系だった。
「うちの子は漫画を読んでいるから,国語に関してもばっちりです!」なんてことをドヤ顔で言う親がいるような,そんな土地だ。
その中で,俺の家は一戸建てなんだけれど団地のような,不思議な性質をもったところに建っていた。
俺の家の周りには地元ではそれなりに「エリート」とみなされる会社の社員が集まっていた。
勿論,俺の父親もその会社の社員だった。

周りに畑やら田んぼやらが立ち並ぶ中で,そこだけが異質な空気を放っていた。
一歩その区画の外に出れば周りはどぶ川なのに,その区画の住民はそんなことは自分には関係ないような素振りをして,内部で密なコミュニティを築いていた。
明らかにその区画の「中」と「外」というものが存在した。

その区画の中に,やたらと他と比べることが好きなおばさんが存在した。
何を比べるのかというと,「子どもの学力」だ。
そのおばさんは,ことあるごとに「どこを受けるんだ」だの,「○○を受けるのにそんな予備校に行くのはおかしい」だの,区画の住民たちの教育方法について批判した。
ある時は井戸場田会議の時に。ある時は直接電話をかけて。
おばさんにはかなり参ったものだが,今考えるとその気持ちが少しだけ分かるような気がする。
区画の「外」と比べたとき,明らかに自分の子どもは優れている。それには確かな自信がある。
しかし,区画の「内」と比べたとき,その自信は途端にかすむ。
そこから焦りが生まれて,妙な対抗意識が生まれる。

これは,経験したことがある奴なら分かってくれると思うんだけど,周りと比べると,自分の方が「デキる」んだけど,さらにその外側と比べると「デキない」っていうときの焦燥感には言いしれないものがある。
都心に近い土地で,いずれ田舎を捨て外に出て行くのであろう区画の子どもたちが周りにいるという状況は,その焦りを助長する。
つまり,区画の「内」には,田舎の「外」が広がっていた訳だ。

均質性と異質性

もちろん「内」ならではの性質も存在する。
俺がこの区画に均質性が存在することを初めて認識したのは,「外」からの人間が入ってきた時だった。
その区画の家の一つが仕事の都合で引っ越しすることになって,知り合いに家を貸すことになった。
その知り合いの子どもと,たまたまクラスが一緒になったので,何度か家に遊びに行く機会があった。
しかし,足を踏み入れるたび,何とも言えない違和感に襲われた。
背中がむずむずするような,何となくうつむきがちになるような,言葉に言い表しがたい違和感に。

貸される前の家にも何度かお邪魔したことがある。
そのときは,一度たりともこんな違和感は感じなかった。

何でだろう,と考えてみてやっと分かったんだけど,区画の「内」には同じような生活が広がっていた。
同じような年収で,母親が専業主婦として同じように過ごしていて,勉強に対する考え方もおおむね一緒で…。
そこには確かな均質性が広がっていた。
そして,それを当たり前のことだと考えて生活していたのだ。

田舎だけがおかしいのか

何か田舎で事件が起こったとき,やっぱり田舎はおかしいと言う論調に持って行く人が多いような気がする。
確かに今の俺の目から見て,俺の地元は不思議な土地だったと感じることは度々ある。
だけど,それってあくまでも都会と田舎の性質の違いでしかないと思う。

都会には,自分の家の隣で人が殺されても異臭がするまでそれに気がつかないっていう怖さがある。
つまり,都会っていうのは基本無関心。ある一定のラインを超えると異常なまでに無関心。
外に出ると割と愛想の良い人が多いのに,プライベート,とくに居住空間ってのはきっぱりそれとは分かれている。
勿論,田舎的コミュニケーション(ずかずか介入型)を都会人も取れ,というつもりはないんだけどさ。

つまりは,性質の違いで,田舎では介入型コミュニケーションに馴染めない人を排除しようとするし,都会ではプライベートに土足で踏み込んでくるような人を排除しようとする。
人間誰だって自分の当たり前を否定されることに対して恐怖を感じるものだから,こればっかりは仕方ないよね。
郷に入りては郷に従え。角を立てずに暮らして行くには,結局この言葉を教訓にする他ないんじゃないかな。

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