俺レポート〜ゆとり大学生の主張〜

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【読んだ】「三人寄れば文殊の知恵」なんてありえない!? —心理学が描くリスクの世界

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議論の最中,ひとつの解決策のようなものを見つけると,やたらと場が盛り上がる。
そして,その策をいかにして通すかに議題がシフトしていく。
でも,いざ議論が終わってみると,その策のあらが見えてきたり,議論中にこういう反対意見を出しておくべきだった,ってなったり。
そんな反省を繰り返すのに,いざ議論,となるとまた同じようなことを繰り返してしまう……。

「三人寄れば文殊の知恵」という言葉があるけれど,果たしてそれは本当に正しいのだろうか。
そんなことを改めて考えるきっかけを与えてくれるのが今回紹介する『心理学が描くリスクの世界〔改訂版〕?行動的意思決定入門』という本だ。

心理学が描くリスクの世界〔改訂版〕?行動的意思決定入門

心理学が描くリスクの世界〔改訂版〕?行動的意思決定入門

議論は極端な意見に収束する? —集団極性化

議論によって,議論を始める前に個人が持っていた意見よりも極端な方向に結論がシフトしてしまうことを集団極性化という。
例えば,文化祭の出し物の話し合いで,変な風に盛り上がって,気がついたらとんでもない出し物をすることになっていた…なんて場合は集団極性化が生じたといえる。
これは誰しも一度は経験があるんじゃないだろうか。
じゃぁ,なんでそんな現象が生じるのか。
この本の中では二つの理由が挙げられている。

第1は社会的影響過程における規範的影響(normative influence)である。
もし事前にリスク選択を好む規範が集団に存在していれば,規範的影響により成員は規範からの逸脱を避ける。
仮に規範に余りコミットしない個人が集団に含まれていたとすると,集団の中ではあたかも逸脱をしているように見えてしまう。
このため,成員は集団規範にそって少なくとも「平均以上」であろうとすることで影響力を持とうとする。

つまり,集団内の意見から大きく外れたくないという気持ちを,議論に参加するひとりひとりが持っていることが一因になる。

第2に情報的影響(informational influence)も働いている。
個人は他の成員が選好を議論する上での理由や論点を聞くことで,極端な選択を行う理由を多く聞かされることになり,このために意見が強まるというものである。

つまり,「なぜその選択をするのか」の理由を多く聞かされることによって,一度出てきた極端な意見に乗っかりやすくなってしまうということだ。

逆に言えば,集団内の意見から外れたってかまわない,という気持ちを保ちつつ,自分の持って行きたい意見に対する理由を明白に述べれば,議論の流れを変えることが出来るかもしれない。
だけど,実際に議論する場面になると,途端にその場の空気のようなものに飲み込まれて,集団の意見に乗っかってしまったりする。
あの空気の正体って一体なんなんだろう?

議論では皆が知っていることしか出てこない? —隠れたプロフィール

たまに,議論が終わった後になって,「実は,○○って〜なんだよ」って誰かが言い出して,「なんで議論の時に言わなかったんだよ!」ってなることはないか?
事前に参加者のごく一部にしか共有されていない情報のことを隠れたプロフィールという。
何か新しいことを議論で決めていく際に,この情報が出てくるかどうかは鍵になる。
だけど,議論に参加する人数が大きければ大きいほど,議論が複雑であればあるほど,全体で共有されている情報しか話題にのぼらなくなったりする。
つまり,本当にほしい情報は議論に現れてこないということだ。

集団になると個人の能力の総和よりもパフォーマンスが落ちる? —プロセスの損失

何かの課題を行うとき,個人個人がもっている課題解決能力の和をその集団の潜在的生産性という。
単純に考えれば,集団で課題を行うときは,その集団にいる個人の能力がそのまま発揮されそうなものだけど,どうやらそうでもないようだ。
例えば簡単な○×クイズで見てみても,個人で回答すれば正解の方が多いのに,グループで回答すると不正解の方が多くなったりする,なんてことは良くある。
こんな風に,潜在的生産性と実際の集団のパフォーマンスとの差をプロセスの損失というらしい。

プロセスの損失について,この本では2つの理由があげられている。

第1に,共同作業においては集団の各成員がどの程度寄与したかが明確にはならないことが多く,また仕事をしてもしなくても,集団の成果に同じように与れることもある。
その結果,他人の仕事にただ乗りしたり,社会的手抜きが起こる。
これは動機付けの低下による損失と言うことが出来よう。

第2の理由は行為の相互調整による損失である。
共同作業をするためにはタイミングを合わせる必要がある。
例えば集団で綱引きを行う際,タイミングや方向が合わないことで,結果的に全員の力の合計に至らないことがある。
集団討議も,発言のタイミングなどから調整ロスが起こっている可能性がある。

どうすれば生産的な議論が出来るのか

実際に顔をつき合わせて議論していると自分に似たような意見しか出てこないのに,ブログやTwitterを見ていると様々な意見が合って色々な発見をすることも多い。
これはつまり,ひとりひとりの意見は優れていると言うこと。
だから結局は議論の場で積極的に意見が言えるような空気作りが重要になるんだと思う。
実際この本でも,参加者に積極的な意見発信を求めるリーダーがいると集団のパフォーマンスがあがることが紹介されている。

個人的に議論の場の空気の作り方が上手いなぁと感じる人というのは,積極的に意見を出すように求めるのに加えて,意見を言ったことで気分まで良くなるような空気に持って行っている気がする。
例えば意見を言っているときに相づちを打つとか,一言でもいいから出てきた意見に対してレスポンスを返すとか……。

ただ三人集まっただけでは文殊の知恵は生まれないんだと思う。
「何か新しいこと」を生み出すためには,議論をする時にもそれなりの努力は必要だよね,という話でした。

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