俺レポート〜ゆとり大学生の主張〜

管理人が気になったことをひたすら文章で綴る不定期更新ブログ。

【主張】裏切られた! という感情は過度な期待から発生する

なぜ、予想は裏切られたのか 「こだわり消費」のマーケティング
よく裏切られた! といってさわぐ人がいる。
だけど,「裏切った」本人の方には全然そんな気はない。
そういう場合はその人に対する過度な期待が生じているということがよくある。

なぜ人は見合わない期待をするのか

こういったことって良くあることだし,何を今更,なんて言う人もいるだろうね。
じゃぁ,そもそもなんで見合わない期待をしてしまうのか

これはコミュニケーションというものが想像力で成り立っているというところが大きい
人とやり取りする場面では,漫画みたいにその時相手が考えていることがはっきりと示されるわけではない。
つまり,相手はきっとこう考えているんだろうな,ということをお互いに考えながらやり取りを進めていくわけだ。

その中で「きっと相手はこうなんだろうな」ということがエスカレートしていくと「きっと相手はこうに違いない!」という風になってしまう。
〜に違いない,ということがひっくり返されるということは,1が0になるということを意味する
お金に例えれば全財産がある日いきなり,まるごとなくなってしまうようなものだ。

はっきりいうと詐欺に近い

無意識に人を裏切ってしまう人

そういう風に考えると,本人にその気はないのに,人を裏切ってしまいがちな人のイメージが何となく見えてくる。
それは,にこにことよく相づちを打つ人だ

さっきも言ったように,コミュニケーションは想像力のキャッチボールだ。
でも,そこではっきりと口で自分の意見を伝えていると,相手の想像力がはさまる余地は段々とせばまっていく。

相づちの場合はどうだろう。
相づちというのは,「あなたの話をちゃんと聞いていますよ」という意思表示でもあるよね。
それに笑顔が加わると,「あなたの話に同調しつつちゃんと聞いていますよ」ということになる。

にこにことよく相づちを打つ人は聞き上手だ,とよく言われる。
確かにそういう人と話すのは気持ちが良い。
それは同時に,「相手はきっと自分と同じような考えをもっているに違いない!」という風に話し手側に思い込ませてしまう傾向がある。

そうなると自分でも気付かないうちにNGワードが増えてしまう

適当にあしらっている人に好かれるという現象

これに関連して,こんな現象を経験した人はいないだろうか。
なんとなく面倒くさくて適当に「へーへー,ほーほー」なんて風にあしらっているのに,どうやら向こうは自分のことを気に入っているようだ,という現象。

これも想像力の話に帰結する。
そもそも,なんとなく面倒くさい人というのは自分語りが好きだったりする
なんで自分語りをするのか。それは自分という人間を認めてほしいからだ。

それに対して何の意見も言わずに適当にやり過ごすということは,その人の承認欲求を満たすことにつながる
そうした欲を満たしてくれる人を気に入るというのは,ある種当然のことだろう。

裏切った・裏切られた問題の唯一の解決策

そうはいっても日本人は相手に同調しようとする傾向が強い。
はっきり1対1で相手にNOを突きつけるのは誰だって怖い
だから裏切った・裏切られた問題というのは解決しづらい問題だろう。

ひとつだけこの問題に解決策があるとすれば,そもそも他人というのは自分の思い通りに動くものではないということを認識するぐらいしかないんじゃないだろうか。
つまり,他人というものは自分を裏切って当然と考えるということだ。

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